バナナの皮の滑りやすさとは?
漫画やコントでおなじみの“バナナの皮で転ぶ”というギャグ。 けれどこの「どれだけ滑るのか?」を本気で調べた科学者たちがいる。
2014年、北里大学の青柳昌宏(あおやぎ・まさひろ)氏らの研究チームは、 バナナの皮がどれほど滑るのかを“摩擦係数(friction coefficient)”という物理的な指標で測定した。
研究タイトルは「Sliding Friction on Banana Skin and the Tribology of Lubricated Contact」(バナナ皮の滑り摩擦と潤滑接触のトライボロジー)。 この奇抜な研究は見事、2014年のイグ・ノーベル物理学賞を受賞した。
どんな実験だったのか?
研究チームは、床の上にバナナの皮を置き、その上から靴底を滑らせる実験を行った。 測定には「フォースプレート」という装置を使い、摩擦力と垂直荷重の比から摩擦係数を算出。
結果、バナナの皮の摩擦係数はなんと「0.066」。 これは氷上(約0.03〜0.05)に匹敵するほどの低さだ。
ちなみに、普通の床では摩擦係数は0.7前後、靴底ゴムでは1.0に近い。 つまり、バナナの皮は**日常の10分の1以下の摩擦**しかない、超滑り素材なのだ。
さらに研究チームは、バナナの皮の断面を電子顕微鏡で観察。 そこには多数の「多糖類(ポリサッカライド)」を含む微小なゲルが存在していた。 このゲルが潤滑油のように働き、床と靴底の間で摩擦を極端に低下させることがわかった。
なぜこんなことが起こるのか?
バナナの皮の内側には、果肉を保護するための「ムチン様物質」が多く含まれている。 この物質は水を多く含むゲル状で、圧力が加わると滑らかに広がる性質を持つ。
つまり、人がバナナの皮を踏むと、その圧力でゲルが潰れ、床との間に「潤滑層」ができる。 これがまるで油を塗ったような状態を作り出し、摩擦を劇的に下げる。
この現象は、機械工学でいう「トライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑の科学)」の典型的な例であり、 生物の仕組みを理解する上でも重要なヒントを与えてくれる。
この研究が教えてくれること
このユーモラスな研究は、「笑えるけど本気」の科学の力を示している。
バナナの皮が滑るのは偶然ではなく、自然界の摩擦制御システムの一種。 これを応用すれば、関節の潤滑や人工素材の開発にもつながる可能性がある。
実際に青柳氏は、人体の関節や腱の動きに似た潤滑メカニズムを探る手がかりとして、 バナナの皮を“生体トライボロジーのモデル”として研究している。
日常で見られる「摩擦の科学」の例
- 靴のゴム底が滑りにくいのは摩擦係数が高いから
- 氷上で転びやすいのは、表面の水膜が潤滑層を作るため
- 自動車のタイヤがすり減るのは、摩擦でゴムが削れるから
- ペンのインクが紙に定着するのも摩擦の一種の現象
どうすればこの知識を活かせる?
科学的な視点を持つと、日常の「当たり前」が面白く見えてくる。
- 転倒事故を防ぐには、摩擦の性質を知ることが大切
- 靴や床材を選ぶときは「滑り抵抗値(C.S.R)」をチェック
- 職場や家庭での転倒対策にも、摩擦の科学を応用できる
- 「笑える研究」も立派な科学の入り口である
科学は「真面目な遊び」。 バナナの皮で滑ることさえ、研究次第でノーベル級の発見になるのだ。
まとめ
バナナの皮が滑る理由は、内部のゲルが作り出す“天然の潤滑膜”によるもの。 その摩擦係数は氷とほぼ同じで、科学的にも立派な「超滑り素材」だった。
この研究は、笑いと科学の境界線を軽やかに越える。
次にバナナを食べるとき、ぜひその皮をじっと観察してほしい。 その中には、世界を笑顔にした“真面目な遊び心”が詰まっているのだから。
参考文献
・Aoyagi, M., et al. (2012). “Frictional Coefficient under Banana Skin and Its Lubrication Mechanism.” Tribology Online, 7(1), 17–21. DOI: 10.2474/trol.7.17
・The Ig Nobel Prize 2014: Improbable Research – 2014 Physics Prize

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