鼻血はベーコンで止められる?イグ・ノーベル賞級の“しょっぱい治療法”の真面目な話

鼻血が止まらないとき、ティッシュを詰める人は多いと思います。
では質問です。「ベーコンを詰める」という選択肢はありますか?

2014年にイグ・ノーベル医学賞を受賞した研究は、「重度の鼻血を、ベーコンで止血できることがある」と報告しました。
笑えるようで、実はかなり本気の医療の話です。

この研究とは?

この研究は、アメリカの医療チーム(耳鼻咽喉科領域)が報告した臨床ケースに基づいています。
テーマは「通常の処置では止まらない、生命に関わるレベルの鼻血をどう止めるか」。

論文は、“Nasal Packing with Cured Pork Product for Refractory Epistaxis in Glanzmann Thrombasthenia”
(邦訳イメージ:グランツマン血小板無力症患者の止まらない鼻血に対し、塩漬け豚肉を鼻に詰めて止血した症例報告)という内容です。

一言でいうと、「重度の血液疾患の患者の鼻血が、ベーコンで止まった」という報告です。

どんな実験・症例だったのか?

この報告はジョークではなく、実際の医療現場で行われた“最後の手段”でした。
対象となったのは、グランツマン血小板無力症というまれな血液疾患を持つ子どもたち。
この病気では血小板がうまく働かず、傷口がふさがりにくい=とにかく血が止まらない、という深刻な問題があります。

問題は、普通の鼻血と違い、止まらないと大量出血につながる危険なタイプの鼻血だという点です。
通常のガーゼや鼻パックをしても止血しないケースが続いたとき、医師たちはある“古い民間療法”を応用しました。

それが「塩漬け豚肉(≒ベーコン)を鼻腔に詰める」という方法です。

具体的には、加工済みの豚肉(いわゆるベーコンのような塩漬け肉)を小さく切り、滅菌処理を行ったうえで鼻腔内に詰め、圧迫しました。
すると、これまで止まらなかった鼻血が、実際に止まったのです。

この応急処置は複数回の症例で有効とされ、従来の手段では難しかった止血に成功した、と報告されています。

なぜそんなことで鼻血が止まるのか?

「肉を入れただけじゃん?」と思うかもしれませんが、ポイントはそこではありません。
この“塩漬け肉パック法”には、いくつかの物理・化学的な効果が重なっています。

① 圧迫止血の役割
物理的に鼻腔内をふさぐことで、出血点に圧力をかけ、血の流れを抑える。

② 塩分による収縮
塩漬け肉は高い塩分濃度を持つため、局所の組織から水分を引き出し、
結果として粘膜が“きゅっ”と引き締まり、止血に有利に働くと考えられています。

③ 繊維質による足場効果
肉の繊維そのものが、破れた血管の代わりに“仮の足場”になり、血液が固まるのを助けるという説もあります。

つまりこれは、ただ「ベーコンで鼻をふさいでみた」ではなく、
体の生理反応+圧迫+局所的な乾燥という複数のメカニズムをまとめて使った、かなり理にかなった応急処置でもあります。

この研究が教えてくれること

この症例が面白いのは、ギャグみたいな手法でありながら、実際に命を救いうる治療行為として機能したことです。

医療現場では、ときに「教科書どおりの処置」が通用しない状況があります。
とくに、血友病やグランツマン血小板無力症のような患者では、
日常的な鼻血ですら救急レベルの問題になることがあります。

この報告は、医療者が「常識からはみ出した手段」を選ばざるを得ないことがある現実を教えてくれます。
そしてその挑戦が、イグ・ノーベル賞に評価されたわけです。

日常で見られる“ベーコン医療”っぽいもの

  • 祖父母世代の「この葉っぱ塗っとけば治る」式の民間療法
  • スポーツ現場の「とりあえずテーピングで固めろ」文化
  • のどの痛みに“はちみつ湯”を飲む自己治療
  • お腹が痛いときに「温めれば治る」とカイロを当てる行為
  • 転んだ子どもに「ハイ、ふーふーしたから大丈夫」と言って安心させる儀式

これらは医学的に完璧ではないけれど、状況によっては実際に役立つこともある。
「とりあえずなんとかする」という人間の知恵は、あなどれないのです。

この研究はマネしてもいいの?

ここがとても重要です。

この研究は「特殊な血液疾患を持つ患者」「従来の止血が効かないケース」「医療チームの管理下」という
かなり限定された状況で行われたものです。

一般人が「ベーコンつっこめばOK!」と真似するのは、おすすめできません。

理由は3つ。
① 感染リスク
生肉・加工肉には細菌がいる可能性があるので、傷口(鼻粘膜)に入れると逆に危険。

② 誤った圧迫
適切な角度・深さで圧迫できないと、むしろ出血が悪化することもある。

③ 呼吸の危険
小さな子どもは誤って喉側に落ち込むリスクもあり、窒息の危険がある。

日常的な鼻血なら、まずは鼻の柔らかい部分を指でつまんで圧迫し、軽く下を向いて安静に、が正解です。
それでも止まらない場合や、大量に出続ける場合は、耳鼻科や救急を受診すべきレベルです。

まとめ

「ベーコンで鼻血が止まった」という話は、ただの都市伝説ではありません。
それは、通常の手段では止まらない深刻な鼻血に対して、
医師たちが“現場で本気でひねり出した最終手段”の記録です。

この研究は笑いを誘いますが、同時にこう教えてくれます。
医学とはマニュアルではなく、「いま目の前の命をどう守るか」という意思決定の連続なのだと。

イグ・ノーベル賞は「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られます。
ベーコンの話はまさにそのど真ん中。

――あなたが今後この話を誰かにするなら、ぜひこう言ってください。
「いやそれね、実はマジメな医療研究なんだよ」。


参考文献:
Kasthuri, R. S., Glover, S. C., & others. Nasal Packing with Cured Pork Product for Refractory Epistaxis in Glanzmann Thrombasthenia. Annals of Otology, Rhinology & Laryngology, 2014.
(2014年イグ・ノーベル医学賞 受賞対象研究として紹介)

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