水の上をダッシュで駆け抜けるトカゲ?「イエス・トカゲ」はなぜ沈まないのか、物理で解説します

南米の川辺で、とんでもないものが走っています。
それはトカゲです。しかも水の上を二足で。

このトカゲは「イエス・トカゲ(Jesus lizard)」と呼ばれます。
聖書のエピソードのように“水の上を歩く”からそう呼ばれるのですが、もちろん奇跡ではなく物理です。

この「水上ダッシュ」を本気で解析した研究は、流体力学と生物学の両方から注目され、イグ・ノーベル級の人気テーマになりました。
今回は「なぜ沈まないの?」をちゃんと説明します。

この研究は?

イエス・トカゲとして知られているのは、主にバシリスク・リザード(Basiliscus属)と呼ばれるトカゲです。
彼らは驚くと後ろ足だけで立ち、時速およそ10〜12 km程度のスピードで、水面を走り抜けて逃げます。

研究者たちはこの不思議な運動をハイスピードカメラ流体力学のモデルで調べ、
「沈まないために必要な力」と「トカゲの足が実際に生み出している力」を比較しました。

一言でまとめるなら、イエス・トカゲは“水をたたきつけて、瞬間的に自分の体を持ち上げている”のです。

どんな実験だったのか?

研究は、バシリスク・リザードの走行を水槽内で再現し、超スロー映像に分解して解析するという方法で進められました。
一歩ごとに、足が水面に接触してから離れるまでの動きをフレーム単位で記録します。

すると1ステップには、だいたい次の3段階があることがわかりました。

① 足を振り下ろす
後ろ足を高く持ち上げ、勢いよく水面に「バンッ」と叩きつける。
このとき、水に大きな力が加わり、瞬間的に“押し返す力”(反力)が生まれる。

② 足を押し込む
指をぐっと広げて、水の下にカップのような空洞をつくりながら水をかき下げる。
その結果、水面の下に“空気のポケット”のような領域ができ、そこで水が崩れるより前に体重を支えることができる。

③ 足をすばやく引き抜く
水の抵抗でスピードを奪われないよう、足首をひねるようにして水しぶきを後ろに蹴りながら抜く。
この抜き方が遅いと、減速して沈む。つまり「スピードの維持」も超重要。

計測の結果、1秒あたりのステップ回数は約10〜15回
とんでもないピッチで「ドンッ、ドンッ、ドンッ」と水を叩きつけることで、水面に“体重を預ける時間”を細かく連続してつくっているのです。

なぜこんなことが起こるのか?

ここで少しだけ物理の話をします。
水の上に静かに乗ろうとすると絶対に沈みます。
沈む理由は「重力のほうが勝ってるから」です。

では沈まないためには何が必要か?
それは、水から十分な“押し返す力”を瞬間的に得ることです。

イエス・トカゲは足で水を強く叩くことで、
“自分の体より重たい量の水”を一気に下方向へ押しのけています。
物理では、これによって上向きの反作用が発生します(運動量保存のイメージ)。

たとえるなら、水面を床みたいに「一瞬だけ固くする」イメージです。
ずっと固いわけじゃないから、走り続けないと沈みます。

つまりこのトカゲは、足でつぎつぎに“瞬間の足場”をつくり続けているのです。

この研究が教えてくれること

この研究の本質は「生き物の身体は、流体の物理法則と協力してとんでもない動きを実現できる」という点です。

イエス・トカゲの足はただ速いだけではありません。
指が長く、広げると“水かきのシャベル”のようになる形状になっていて、
水を無駄なくたたきつけられるように進化しています。

さらに、走行中は体をやや前傾にして尻尾をバランス棒として使い、
左右にふらつきながらも転倒しないように姿勢をコントロールしています。
(尻尾はスタビライザー、つまり“空中での転倒防止ジャイロ”的な役割を果たす)

つまりこの走りは「単なる速さ」ではなく、形状・リズム・バランスすべての総合技なのです。

日常で見られる“水上を駆ける物理”の例

  • 水切り石を投げると石が跳ねるのも、強い衝突で一瞬だけ水面が“硬くなる”から
  • スキーボートが高速で走ると、船体がほぼ水面から浮き上がる「プレーニング現象」
  • 高速でスプーンを水面に叩きつけると、一瞬だけ“浮いたように”感じる反力が返ってくる
  • フライングフィッシュ(トビウオ)が海面ギリギリで飛び続けられるのも、水面と空気の境目をうまく使っているから
  • 人間が水上を走るには? → 実は物理的にはほぼ不可能。必要な脚力は人間の筋力の何倍も必要になると言われる

つまり、イエス・トカゲは「現実にギリギリ成立する水上走行」を生物としてクリアした、極限のデザインなのです。

この発見をどう日常に活かせる?

  • ① スピードは“魔法”を生む
    遅いと沈むことも、速いと一時的には成立する。行動も同じで、瞬発力が武器になる場面がある。
  • ② 形には意味がある
    生き物の体の形は「なんとなく」ではなく、物理的な役割を持っている。観察してみる価値あり。
  • ③ パニック時の全力はすごい
    イエス・トカゲが水上ダッシュするのは、主に敵から逃げるとき。生き延びるための“超・一時的ブースト”なのです。
  • ④ 「不可能に見えること」を数式で説明できる
    つまり、科学は“魔法をゆっくり再生した映像”みたいなもの。驚きは壊れないし、むしろ増える。

この研究は、笑いながらも「生物×物理=最強エンタメ」ということを証明しています。

まとめ

イエス・トカゲが水の上を走れる理由は、“水が固いから”ではありません。
正確には、トカゲの足が水をたたきつけることで、その瞬間だけ水面を足場にしているからです。

高速ステップ、専用の足の形、体重バランスの取り方。
その全部を合わせて、ほんの数秒だけ「水上ランニング」という離れ業を実現している。

私たちが「奇跡だ」と思っているものの多くは、
生き物がギリギリの条件を満たすことで成立している、現実の物理のショーケースなのかもしれません。

次にこのトカゲを見ることがあったら、ぜひこう言ってあげましょう。
「それ、努力の物理だからね」。


参考文献:
Glasheen, J. W., & McMahon, T. A. (1996). A hydrodynamic model of locomotion in the Basilisk lizard. Nature, 380, 340–342.
Hsieh, S. T. & Lauder, G. V. (2004). Running on water: three-dimensional force generation by basilisk lizards. Proceedings of the National Academy of Sciences, 101(48), 16784–16788.
(バシリスクリザードの水上走行メカニズムを解析し、その独特の流体力学的戦略を記述した研究。イグ・ノーベル賞関連で広く紹介されたテーマ)

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