ゴリラが見えない!?「インビジブル・ゴリラ」実験が暴いた“注意の盲点”の正体

あなたは自分の目で見たものをすべて「見えている」と思っていませんか?
ところが、人間の脳は驚くほど“見落とし”だらけ。

2004年に発表された有名な心理学実験「The Invisible Gorilla(見えないゴリラ)」は、
その衝撃的な現実を笑いとともに突きつけてくれます。

「インビジブル・ゴリラ」とは?

この研究は、アメリカ・ハーバード大学の心理学者 Christopher ChabrisDaniel Simons によって行われました。
正式な論文タイトルは「Gorillas in Our Midst: Sustained Inattentional Blindness for Dynamic Events(私たちの中のゴリラ:動的事象に対する持続的無意識的盲点)」です。

この研究の核心を一言で言うと、「人は“意識して見ていないもの”は、目に映っていても見えない」ということ。
心理学ではこれを「選択的注意(selective attention)」または「無意識的盲点(inattentional blindness)」と呼びます。

どんな実験だったのか?

実験では、6人の学生がバスケットボールをパスし合う映像を用意しました。
そのうち、3人は白い服を、3人は黒い服を着ています。

参加者に与えられた課題はシンプル。
「白い服のチームが何回パスをしたか数えてください」。

映像の途中、突然、全身ゴリラの着ぐるみを着た人物が画面の中央に登場。
約9秒間も映像の真ん中で胸を叩き、ゆっくりと画面の外へ去っていきました。

ところが――。
視聴後に「ゴリラを見ましたか?」と尋ねたところ、なんと約半数の被験者(46%)が『見ていない』と答えたのです。

ゴリラは目の前にいたのに、“意識の外”にあったため、脳が情報を処理しなかったのです。

なぜこんなことが起こるのか?

人間の脳は、膨大な視覚情報を同時に処理できません。
そのため、「見る」ことの多くは実は“取捨選択”なのです。

心理学的に言うと、私たちは「視覚的注意」をタスクに集中させると、
他の刺激に対して“意識のゲート”を閉じてしまう。

この現象を「無意識的盲点(inattentional blindness)」と呼びます。
つまり、目は見ているのに、脳が“見なかったことにしている”のです。

脳の仕組み上、視覚情報のうち実際に意識されるのは全体の1%以下
それ以外の情報は自動的に無視されます。

私たちは「見ている」と思い込んでいるだけで、実際には「注意しているもの」しか認識できていないのです。

この研究が教えてくれること

この研究は、単に「人はうっかりしている」という話ではありません。
むしろ、人間の知覚と注意の限界を明確に示した、心理学史に残る発見です。

私たちは、認知リソースを限られたタスクに集中させるため、
他の情報を切り捨てるという“効率的な設計”を持っています。

しかしその結果、「大事なものを見落とす」という代償を払っている。
交通事故、医療ミス、会議中の思い違い――
多くの現実的な問題が、この「ゴリラ効果」に通じています。

日常で見られる“見えないゴリラ”の例

  • スマホを見ながら歩いていて、信号の色を見落とす
  • 料理に集中していて、ガスの火をつけっぱなしにする
  • 会議で資料の数字に注目しすぎて、相手の意図を聞き逃す
  • ドライバーが前方の歩行者に気づかない「ルック・バット・ドント・シー現象」
  • SNSで話題のトピックばかり見て、他のニュースを全く知らない

どれも現代版「ゴリラ実験」といえるかもしれません。

どうすれば“見落としの罠”から抜け出せる?

  • ① マルチタスクをやめる
    同時に複数のことをやろうとすると、注意が分散して何も見えなくなる。
  • ② 意識的に“視野を広げる”訓練をする
    意識を一度リセットし、「見えていないものがあるかも」と考えるだけで精度が上がる。
  • ③ 定期的に「俯瞰視点」を持つ
    問題や作業から一歩引いて、全体像を眺めるクセをつける。
  • ④ 自信過剰に注意する
    「自分は気づける」と思うほど、見落としやすくなる(これも心理学的に証明済み)。

つまり、注意を向ける範囲を“自分で調整できる人”こそが、本当に賢い観察者なのです。

まとめ

目の前にゴリラが現れても、私たちは気づかない。
それが「インビジブル・ゴリラ」実験の教えです。

この研究は、人間の注意の限界を笑いながら理解させてくれます。
「見えている=理解している」ではない。
私たちはいつも、“見たいものだけを見ている”のです。

日常の中でも、意識の外にいる“ゴリラ”に気づく瞬間を増やしていくこと。
――それが、情報社会を生き抜くための新しい「見る力」かもしれません。


参考文献:
Simons, D. J., & Chabris, C. F. (1999). Gorillas in Our Midst: Sustained Inattentional Blindness for Dynamic Events. Perception, 28(9), 1059–1074.
DOI: 10.1068/p281059

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